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甲府地方裁判所 昭和46年(行ウ)9号 判決 1972年7月17日

原告 三岡栄志こと李丙永

被告 甲府地方法務局長

主文

1  原告の本件請求中、司法書士の認可を求める訴えを却下し、その余の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、申立

一、原告

1  被告が昭和四六年一〇月七日原告に対してした司法書士認可申請についての不認可決定は、これを取消す。

2  被告は、原告に対して、昭和四六年度司法書士選考試験により原告を司法書士として認可する。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

二、被告

(本案前)

1 本件訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

(本案につき)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二、主張

一、原告 別紙「請求の原因」のとおり

二、被告 別紙「答弁書」のとおり

第三、証拠<省略>

理由

第一、司法書士不認可決定取消の訴えについて

まず、被告の本案前の主張について判断する。

司法書士の業務は、その公共性と特殊性に鑑み、許可営業とされ、現行法上は、所定の有資格者から司法書士となる申請があつたときは、法務局長又は地方法務局長は、選考によつてこれを認可し、あるいは認可を与えない(不認可)ものとされている(司法書士法二条、四条)。

右の認可あるいは不認可は、認可権者たる行政庁が公権力の発動として行う一方的行政行為と解されるし、しかも、特に不認可は、これによつて申請者に対し法律上の不利益を与えるものであるから、それが抗告訴訟の対象たる行政庁の処分に当ることは、いうまでもない。

ところで、被告は、選考試験における合否の判定は司法審査になじまないと主張する。

確かに、不認可が抗告訴訟の対象となる場合でも、その不服の理由が選考試験の不合格判定にあるときは、かかる合否の判定は、本来認可権者たる試験実施機関の最終判断に委せられるべきものであつて、裁判所は、原則として、その判定の当否を審理することができない。

しかし、本件の原告の主張は、選考試験における判定(採点評価)自体の不当をいうのではなくて、選考とは筆記試験を指すとの見解に立つて、筆記試験合格者たる原告に対する不認可が裁量権の濫用であり、また、手続に違法があるとの趣旨に解されるから、その限度においては、純然たる法律的判断事項であつて、司法審査の対象となりうる。

本件取消の訴えを不適法とする被告の主張は理由がない。

そこで、本案について判断する。

原告が被告に対して昭和四六年度の司法書士認可申請をし、同年七月一八日実施された筆記試験に合格したこと、次いで、同年九月一六日面接試験を受けたところ、同月一八日付で被告から合格基準点に達しなかつたとの理由による不認可予定の通知があつたこと、原告の請求によつて、同年一〇月二日甲府地方法務局において聴問会が開かれた上、被告が同月七日原告に対する不認可決定をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

原告は、選考とは筆記試験を指すから、同試験合格者について司法書士法三条の欠格事由がなく、適性審査(健康が重点)に合格すれば、当然認可すべきである旨主張する。

しかし、右の主張自体、法令上も、従来の実施例から見ても、全く根拠のない主張であつて、採用できない。その理由を詳述すると、次のとおりである。

司法書士法四条一項の認可権者が行う選考については、同法一八条に「…………司法書士の認可及び業務執行についての必要な事項は、法務省令で定める」と規定され、同法施行規則二条に「法務局又は地方法務局の長は、前条第一項の申請があつたときは、当該申請人につき、法第二条及び第三条に規定する要件の有無のほか、その者の司法書士としての適否を審査して、認可すべきか否かを定めなければならない」と規定されるだけで、他にこれを定める法令は存在しないから、選考の具体的方法は、認可権者の実施運用に委されているということができる。

そして、成立に争いのない乙第一号証から第三号証及び証人岩淵克郎の証言によると、司法書士の認可に関する選考は、昭和三一年度以降、同年八月一三日法務省民事甲第一九一一号通達及び同年九月一三日同第二一四七号通達を基本とし、毎年発せられる依命通知によつて実施運用されているが、要するに、選考の方法としては、(一)筆記試験(法二条一号該当者以外の者に対する第一次試験と右の者及び同条一号該当者全員に対する第二次試験を含む。)、(二)口述試験、(三)身体検査その他の方法が含まれ、(二)以下については、各法務局及び地方法務局に適宜の実施が委されていること、被告においても、昭和四六年度は、従前どおり、筆記試験合格者に対して口述(面接)試験を実施した上選考の合否を決定しており、原告については、口述試験の基準点に達しないとの判定によつて、選考試験不合格としたものであることが認められる。

以上のような解釈及び運用例に照らし、選考試験すなわち筆記試験とする原告の主張は、明らかに嫌つている。(ちなみに、原告本人は、徳永秀雄著司法書士法概論の記載をもつて自説の裏付けとしているが、同著のどこにも原告の主張と符合するものはなく、原告の誤解というほかない。)

そのほか、本件不認可決定が裁量権の濫用であることを認める資料はない。

次に、原告は、聴問が無効であるから本件不認可決定は違法であると主張する。

しかし、原告本人が供述するように、申請者自身が聴問の結果に納得できなかつたり、聴問調書の記載に不備があつたりしても、それだけの理由で聴問が無効となるいわれはない。

なお、成立に争いのない乙第五号証によると、原告から聴問の請求があつた後、被告は、昭和四六年九月二三日付の書面で、原告に対して、聴問の日時及び場所を通知しているが、その際、司法書士法四条四項にいう「認可を与えない理由」の記載を欠いたことが認められる。

右は、被告の手続上の瑕疵といわねばならないが、原告は、聴問を請求する前すでに、被告から合格基準点に達しなかつたとの通知を受けている(前掲争いのない事実)のであるから、その程度の瑕疵をもつて、その後になされた聴問が無効を来たすとはいえない。

そのほか、聴問手続が無効であることを認める資料はない。

そうだとすると、結局、本件不認可決定について違法はないことに帰するから、原告の取消請求は理由がない。

第二、司法書士の認可を求める訴えについて

およそ、裁判所は、行政庁がした処分が法規に適合するか否かを事後審査することを本来の使命としている。従つて、法律に特別の規定がない限り、行政庁に対して一定の行政行為をなすべきことを命ずることは許されない。

本件について特別の規定は存在しないから、原告の右訴えは不適法である。

第三、結論

よつて、原告の本件請求中、司法書士不認可決定取消の請求を棄却し、司法書士の認可を求める訴えを却下し、民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本攻 春日民雄 村上和之)

別紙

請求の原因

一、原告は肩書住所に現住している大韓民国の国籍を有する者であるが、昭和四六年度の司法書士認可申請を甲府地方法務局にした。

二、司法書士選考試験(筆記試験)を昭和四六年七月一八日甲府市に於て受験し、その結果については昭和四六年八月二三日付二(司)一日記第一一三四号にて合格基準点に達した旨通知を受けました。

三、同年九月一六日午前一〇時よりの面接試験を受けたが、九月一八日付書面により合格基準に達しなかつたとの理由で不認可予定の通知を受けましたので(九月二〇日受領)、直ちに甲府地方法務局総務課へ電話にて事情を聞いたる処、清水某は聴問請求するか、裁判で争うより仕方ないだろう、又電話でこのような事を言われても困る迷惑だ…………と言われました。

四、翌二一日原告は甲府地方法務局総務課に出頭し、総務課長と面接し、不認可予定を取消し認可下さるよう懇願し、上申書を提出し、聴問請求を書面にて提出した。原告の成績については実体法(一次の民法、商法、刑法)はまあまあだが手続法(二次、民訴、商業登記法、不動産登記法、司法書士法、供託法等関係法令)の点数が不足であつたから不認可予定と言われた。

五、一〇月二日午前一一時より甲府地方法務局会議室に於ての聴問会に於て原告は不認可予定についての根拠を説明して頂き度いと申し入れたところ、局長より総合点数が不足故との答に原告としては納得できないので、基準を説明して頂き度いと申し入れたところ、拒否されたのみか「お前は今日言いがかりつけに来たのか、理性を失つて」と言われ、原告としては之が局長という立場の人か………と驚ろいたが、理性を失つた訳でもなく言いがかりをつけに態々百五十粁もの距離を来たのではなく、三年かかり学科に合格して面接で不合格とは、どうしても知りたいから来たからと言つて説明を求めたところ、拒否された。

六、原告としては止むを得ず健康上の理由か、と聞いたら関係ないと、では国籍かとの問に対しても関係ない、では司法書士法第三条欠格事由かとの問に対しても関係ない、とすれば認可すべきではないかと思い司法書士法概論(徳永秀雄著現盛岡地方法務局長で現職)記載を引用したところ、局長はそんな本は信用できないと、原告としてはではこの書の序文は法務省民事局第三課長名(住吉検事、現第一課長)があるが、と言つたところ局長はそんな本は信用できない、一学者の見解であり信用できないと言われた。一応原告としては不認可予定を取消し認可して頂き度いの一念でお願して同日一一時五五分聴問終了となつた。

七、司法書士を認可され得る場合に付ては法第二条規定の資格があり、しかも認可権者が行う選考試験に合格し、かつ司法書士の適格性を有する者であることが要件となつている。選考試験に合格することは当然で之は筆記試験を指すものであること前記司法書士法概論に記載されていることで判明する。法第三条欠格事由がなく適性審査(健康が重点)に合格すれば認可すべきである。

八、昭和四六年度司法書士認可選考試験に於て甲府地方法務局管内に於て筆記試験合格五名中一名在学中で三名認可し原告のみを不認可としたものである。どのようにしても理解に苦しむ。聴問に於ては法務局側としては認可申請者の意見を聞き不認可の理由を十分納得できるよう説明しなければならないとするのが聴問の性質であるのに、今回の甲府地方法務局の取つた行為は現法下に於ては無効と解せられ違法となる。

九、被告は聴問請求に対して公開の席上、原告が上級庁へ申述したのは悪いとか、違法、不当と言つて言いがかりをつけるのか、司法書士法概論の書物は信用できない等の言動は、甲府地方法務局長としての発言としては当を得ていない。公務員法を無視した暴言と解される。

一〇、原告としては前記書物について著者の真意を知りたくて一〇月二一日出発し二二日午前九時より一一時迄盛岡地方法務局に於て局長徳永秀雄氏に面接意見を聞いたものであり、原告の場合不認可にする理由が全くないことが判明した。よつて一一月一日午前一〇時在日大韓民国大使館へも行つて検討して、甲府地方法務局長の今回の不認可決定が違法なものである点明白となつたもので、いやしくも甲府地方法務局長は原告の名誉を著しく毀損したというべきものであるのみならず、上級庁を誹謗したとも言うべき結果が出ている、何故なら序文名の住吉検事も信用できない結果になるもので、果してこのような事が許され得るか一般人には理解に苦しむものである。

一一、許可、認可の表現について、許可については行政庁に裁量の余地があるとしても、司法書士法の表現は認可となつているから、一定資格あるものに対しては認可すべきであるのに、局長権限としていること自体憲法第二二条職業選択の自由を公共の福祉と関連させて制限すること自体現在の司法書士法が不備と考えられる。本件の場合被告である甲府地方法務局長の今回の処置については裁量権の濫用であり違法と言わざるを得ない。

一二、一〇月二日の甲府地方法務局に於ての聴問は目的を果していないので無効と解すべきであり、それに基づく一〇月七日付原告に対して司法書士認可申請の不認可についての決定は違法であり、無効と解せられるものであり、添付甲第三、四号証の取消を本訴に於て求めるもので、原告より提出した昭和四六年度甲府地方法務局施行司法書士認可選考に関して認可を求める。

別紙

答弁書

本案前の答弁

理由

本件訴えはいずれも抗告訴訟の対象となるものではなく不適法であるから却下されるべきである。

一、原告は、請求の趣旨第一項において原告の司法書士認可申請につき被告が昭和四六年一〇月七日付でなした不認可決定の取消しを求めている。しかし右訴えは抗告訴訟の対象となるものではなく不適法であるから却下されるべきである。

すなわち、司法書士の認可不認可は認可申請者の申請を条件として認可権者の行なう一方的行政行為であるが、認可権を有する法務局又は地方法務局の長には、認可申請者に対し選考試験を課し、右試験の合否の判定をする権限が与えられている(司法書士法(以下「法」という)第二条、第四条)。換言すれば司法書士を認可され得るには、法二条に規定する資格を有するものであつて、しかも法四条の認可権者が行なう選考試験に合格することが要件とされている。

ところで、右にいう選考試験は概ね次のように行なわれている。すなわち、法二条一号に該当する者以外の者について、同条二号に該当するか否かを審査するため民法・商法・刑法の各科目について筆記試験(第一次試験)を行ない、更に右の者および同条一号に該当する者のすべてについて不動産登記法・商業(法人)登記法及び供託関係法令・民事訴訟法・司法書士関係法令の各科目について筆記試験を行ない、これらの合格基準点に達した者のうち各法務局又は地方法務局において適当と認める方法により実施する口述試験その他の選考方法により行なわれる選考に合格した者に対し司法書士の認可を与えることとされている(昭和三一年九月一三日民事甲第二一四七号通達、昭和四六年三月二三日民事三発第二二〇号依命通知)。

そして、被告甲府地方法務局長は右の適当と認める選考方法として筆記試験で合格基準点に達したすべての者に対して面接による選考試験を行ない、これにより学識ならびに適性の両面から認可すべきか否かを最終的に判定することとしている。従つて甲府地方法務局長の行なう法四条一項の選考には前記の筆記試験のほか右の面接による選考試験をも含むこと明らかである。

これに反して原告は、選考試験は筆記試験のみを指すもので、これに合格した以上法四条一項の選考に合格したものとして適性審査(健康が重点)により欠陥がない以上原則として認可されるべきであるとの見解のもとに本件取消を求めているが、右は前記選考試験を誤解したものか独自の見解であり、結局は面接試験をも含めての選考の結果合格基準点に達しなかつたとの被告の主張を争うものである。

そして、選考試験は一般に受験者の一定の学識能力について専門的な機関により審査することを目的とするものであるからその合格不合格の判定は、その判定結果に影響を及ぼすような試験手続の瑕疵により受験者が不利益を被つた場合のほかは、ことがらの性質上試験を実施した機関の最終判断に委ねられるべきもので司法審査になじまないものである(東京地裁昭和三八年(行)第五三号、昭和三八年一〇月二日判決訟務月報九巻一〇号一二一〇頁、最高裁昭和三九年(行ツ)第六一号、昭和四一年二月八日判決民集二〇巻二号一九六頁)。

従つて、司法書士の認可は選考試験の合格を要件とすること前記のとおりであるから法務局又は地方法務局の長の最終的責任において処理されるべきものでこれが取消を求める訴は不適法として却下されるべきである。

二、ついで、原告は、昭和四六年度司法書士選考試験により原告に対して司法書士として認可するとの裁判を求めている。しかし、抗告訴訟の目的は、行政庁の第一次判断を媒介として生じた違法状態を排除することにあると解すべきである。しかるに原告の求める右訴えは、法律上被告行政庁の権限とされている司法書士の認可権の行使を裁判所に求めることとなるが、行政庁の第一次的判断の下される前に司法権がこれに代つて判断するとか行政庁の第一次的判断に代えて司法権自らが判断することは司法審査の限界を越えるものであり、かくのごとき裁判を求めることは許されないから結局右訴えについても不適法として却下されるべきである。

本案の答弁

請求の原因に対する答弁

第一項 認める。

第二項 認める。

第三項 昭和四六年九月一六日に面接試験が行なわれたこと、被告は原告に対し同月一八日付書面をもつて不認可予定の通知をしたこと、および原告から甲府地方法務局総務課に電話があつたことは認めるが、右電話の内容については否認。

第四項 原告は、九月二一日当局総務課を訪ね総務課長と面接し聴問請求書を提出したことは認める。その際、総務課長は原告の質問に答えて、筆記試験の成績は合格点に達しているというもののあまりよい成績でない。面接試験は合格点に達しなかつた旨伝えたものである。

第五項 原告主張の日時場所において聴問会を開催したことは認めるが、その余は否認。

第六項 右聴問の席上、被告が不認可予定の理由を説明するにあたり国籍および健康上の理由で不認可とするものではない旨説示したことは認めるが、その余は否認。

第七項 争う。

第八項 昭和四六年度当局管内司法書士認可選考試験は筆記試験合格者五名中三名が面接試験に合格し司法書士を認可されたこと、一名は在学中であるため認可を保留したことは認めるが、その余は争う。

第九項 否認。

第一〇項 原告が盛岡地方法務局長徳永秀雄に面接したことおよび大韓民国大使館に行つて本件について検討したことについては不知、その余は争う。

第一一項および第一二項 争う。

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